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東京高等裁判所 平成12年(ネ)3914号 判決

主文

一  一審原告三苫清隆及び一審原告三苫慶子の控訴に基づき、原判決主文第一、第二項を次のとおり変更する。

1  一審被告らは、一審原告三苫清隆に対し、連帯して、金一九七〇万四四〇三円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  一審被告らは、一審原告三苫慶子に対し、連帯して、金一八二八万三八〇三円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  一審原告三苫文湖及び一審原告有限会社清渓並びに一審被告らの控訴をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを四分し、その一を一審被告らの、その余を一審原告らの各負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  一審原告らの控訴の趣旨

1  原判決を次のとおり変更する。

(一) 一審被告らは、一審原告三苫清隆(以下「一審原告清隆」という。)に対し、連帯して、金七六五七万八三八二円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 一審被告らは、一審原告三苫慶子(以下「一審原告慶子」という。)に対し、連帯して、金七三五二万六五三五円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 一審被告らは、一審原告三苫文湖(以下「一審原告文湖」という。)に対し、連帯して、金三三〇万円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(四) 一審被告らは、一審原告有限会社清渓(以下「一審原告会社」という。)に対し、連帯して、金三一〇万八五〇八円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、第一、二審とも一審被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  一審被告らの控訴の趣旨

1  原判決中一審被告らの敗訴部分を取り消す。

2  一審原告らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも一審原告らの負担とする。

三  原判決の表示

1  一審被告らは、一審原告清隆に対し、連帯して、金一八七三万〇六七六円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  一審被告らは、一審原告慶子に対し、連帯して、金一七六五万〇〇七六円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  一審被告らは、一審原告文湖に対し、連帯して、金一七六万円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  一審被告らは、一審原告会社に対し、連帯して、金二四八万〇七三三円及びこれに対する平成七年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  一審原告らのその余の請求を棄却する。

6  訴訟費用は、これを四分し、その一を一審被告らの、その余を一審原告らの各負担とする。

7  この判決は、右1ないし4について仮に執行することができる。

第二事案の概要

本件は、高速道路を走行していた一審被告武石喜代二(以下「一審被告武石」という。)が運転する普通乗用自動車(以下「一審被告車」という。)が、進路前方の追越車線上に進行方向と反対側を向いて停止していた亡三苫剛嗣(以下「亡剛嗣」という。)運転の普通乗用自動車(以下「一審原告車」という。)に衝突して大破させ、さらに、車外にいた亡剛嗣にも衝突して死亡させたという交通事故(以下「本件事故」という。)について、一審原告ら(亡剛嗣の両親、妹、一審原告車の保有者である一審原告会社)が、一審被告武石及び一審被告車の所有者であり、一審被告武石の使用者である一審被告株式会社丸石左官工業(以下「一審被告会社」という。)に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条、民法七〇九条、七一五条に基づき、亡剛嗣の死亡及び一審原告車の大破による損害の賠償を求めたという事案である。

原判決は、亡剛嗣の過失割合を二割として過失相殺を行い、前記第一、三のとおり一審原告らの請求を一部認容したことから、当事者双方がこれを不服として控訴に及んだものである。

一  争いのない事実又は証拠上容易に認められる事実

1  当事者

(一) 亡剛嗣は、本件事故当時、二一歳(昭和四九年七月一日生)の大学三年生の男子であった。

(二) 一審原告ら

一審原告清隆は亡剛嗣の父、一審原告慶子は亡剛嗣の母であり、亡剛嗣の一審被告らに対する損害賠償請求権を、各二分の一ずつ相続した。

一審原告文湖は、亡剛嗣の妹である。

一審原告会社は、本件事故当時、一審原告車を所有していた。

(三) 一審被告ら

一審被告武石は、本件事故当時、一審被告会社の従業員で、一審被告車を運転していた。

一審被告会社は、本件事故当時、一審被告車を所有していた。

2  本件事故の発生

(一) 日時

平成七年九月一五日午前六時三〇分ころ

(二) 場所

東京都大田区羽田空港三丁目五番先首都高速湾岸線西行道路(以下「本件道路」という。)

(三) 被害車両

(1)  被害車両 一審原告車(普通乗用自動車 横浜三四す三七三一号)

(2)  運転者 亡剛嗣

(3)  所有者 一審原告会社

(四) 加害車両

(1)  加害車両 一審被告車(普通乗用自動車 習志野五三て七〇八六号)

(2)  運転者 一審被告武石

(3)  所有者 一審被告会社

(五) 本件事故の概要

前記日時場所において、一審被告武石が一審被告車を運転し、大井方面から神奈川方面に向かって進行していた際、三車線中の追越車線に停止していた一審原告車及び亡剛嗣と衝突した。なお、本件事故直後、水上信運転の普通乗用自動車(以下「水上車」という。)が、更に一審被告車に衝突した。

(六) 本件事故の結果

本件事故により、亡剛嗣は、頭蓋内及び胸腔内臓器損傷の傷害を負い、同日午前七時五五分ころ、右傷害により死亡した。また、一審原告車は、本件事故により大破した。

(七) 責任原因

一審被告武石は、一審被告車の運転者であり、前方注視義務を怠ったものであるから、民法七〇九条に基づき、一審被告会社は、一審被告車の保有者であり、これを運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、さらに、一審被告会社は、一審被告武石の使用者であり、本件事故は一審被告会社の事業の執行につき生じたものであるから、民法七一五条に基づき、本件事故により亡剛嗣及び一審原告らが被った損害を賠償する責任がある。

二  争点及び争点に関する当事者の主張

1  本件事故の態様

(一審原告らの主張)

(一) 一審被告武石の過失の重大性

本件事故は、一審被告武石が一審被告車に五人を同乗させて走行中、前方を注視せず、漫然と、居眠りあるいは半覚醒状態で、時速一〇〇キロメートルを超える高速度で進行し、停止中の一審原告車及びその右脇にいた亡剛嗣に全く気づかず、又は、至近距離に至るまで気づかず漫然と進行した過失により、何ら回避措置を講じることなく亡剛嗣及び一審原告車に一審被告車前部正面を衝突させ、亡剛嗣を右前方約二三・五メートルの地点まで跳ね飛ばし、死亡させたものである。

本件事故現場付近は、二キロメートル以上も直線かつ平坦な状態が続くため、見通しは極めて良好であること、本件事故は、日の出から既に一時間以上経過し、十分明るい午前六時三〇分ころ発生したこと、当時、雨は降っていたが、降雨量は少なく、霧ももやも出ておらず、約三〇〇メートル前方を見通すことが可能であったこと、本件道路を走行する車両は少なく、一審被告車の前方左右を走行する車両は存在しなかったこと、一審被告武石は、前方を注視していれば、本件事故現場の少なくとも一〇〇メートル以上手前の地点において、一審原告車が進行方向と反対側を向いて停止していることをはっきりと認識することができたにもかかわらず、本件衝突地点の約二〇・一メートル手前に至るまで一審原告車の停止の事実に気づかなかったこと、一審被告武石は、本件事故直前の状況につき、捜査段階で一貫性のない供述をしていること、一審被告武石の側からは、進行方向とは反対側を向き斜めに停止していた一審原告車が、走行しているように見えるはずがないこと、一審被告武石は、反射的に急転把する等、衝突を避ける措置を何ら講じないまま、本件事故現場においては安全な車線右端中央分離帯傍まで退避した亡剛嗣に衝突したことからすると、一審被告武石は、亡剛嗣の存在に全く気づかず本件事故を惹起しており、その前方不注視の程度は重大である。

また、一審原告車、一審被告車と同一年式、同様の走行距離の車両を用いた一審原告らによる走行実験の結果によると、本件事故当時、一審原告車を事前に認識することは十分可能であったから、ハンドルをわずか拳一つ分切っただけで、本件事故を回避できたことは明らかである。

(二) 一審原告車が停止していた原因

一審原告車は、本件事故に先立ち、亡剛嗣が本件道路の第一又は第二走行車線を進行中、氏名不詳者の運転する後続車両に追突されたため、その衝撃により半回転して本件事故現場に進行方向とは反対向きに停止していたものである。

本件事故現場付近の環状八号道路料金所職員榎本勝男(以下「榎本」という。)は、一審原告車が後続車両により追突された際に発生したと思われる「どかーん」という大きな音をきいたこと、ガードレールには明らかな衝突痕がないこと、本件事故現場付近は、見通し良好な、約二キロメートル以上直線が続く道路で、走行車両も少なかったのであるから、スピンするほどの急転把、急制動の措置を講ずる必要性はなかったこと、一審原告車は、ABSを装着していたから、簡単に逆向きにスピンするとは考えられないこと、縁石に接触したのであれば、当然存在するはずの痕跡が、一審原告車の右側にはなく、追突当て逃げの根拠となる左前後輪のタイヤ及びホイールの擦過痕は明確に存在していること、交通事故鑑識の専門家である大慈弥雅弘は、一審原告車が停止した原因は、他の車両により追突を受けたことに起因する可能性が極めて高いと述べていること、亡剛嗣の慎重な性格、日ごろの行動から、無謀運転をするとは考えられないこと、亡剛嗣は、一審原告清隆を羽田空港に送り届けた帰途であり、急ぐ必要はなかったことなどを考慮すると、一審原告車が停止した原因は、後続車両が追突、当て逃げしたためであることが明らかである。

(一審被告らの主張)

(一) 一審被告武石の運転状況等本件事故は、一審被告武石が、一審被告車を運転し、本件道路を大井方面から神奈川方面に向けて、時速約九〇キロメートルで第三通行帯を走行中、前方に停止していた一審原告車を発見したため、急制動の措置をとり、かつ、ハンドル転把により衝突を回避しようとしたが、折からの降雨により、制動、転把とも思うにまかせず、一審原告車付近に佇立していた亡剛嗣及び一審原告車に衝突したものである。ハンドルには、いわゆる「あそび」の部分があり、拳一つ分ハンドルを切ったからといって、進行方向が変化するわけではない。また、高速道路で、しかも、降雨により路面が濡れている状態でハンドル操作を急激に行うことは、一審被告車を制御不能の状態に陥らせる危険性がある。

(二) 一審原告車の停止の原因

亡剛嗣は、一審原告車を運転中、降雨、あるいは何らかの原因でハンドルを取られ、中央分離帯の縁石ガードレール及び支柱に接触して、ハンドル操作の自由を失い、反転し、ガードレールの支柱等に衝突して、どかーんという音を立て、停止したものである。一審原告車の損傷状況、本件事故現場手前の道路中央分離帯の縁石等に擦過痕が生じていること、一審原告車と追突車両の破損による残置物が発見されていないこと、榎本も、どかーんという音を聞いた後、本件事故現場付近に停止している車両や、付近から発進加速して去って行くような車両を目撃していないこと等からすると、一審原告車が本件事故現場に停止した原因は、追突当て逃げではなく、自損事故によるものと認めるべきである。

2  過失相殺

(一審被告らの主張)

高速道路上を運転する者は、降雨を考慮して速度を調整する等、自損事故を惹起しないようにすべき注意義務を負担しているのみならず、仮に自損事故を惹起した場合には、本件事故の際、強い降雨のためもやがかかった状態で視界が悪かったのであるから、みだりに車外に出ないことはもちろん、車外に出たとしても、自ら安全な場所へ避難する必要があるばかりでなく、後続車両に対しても、注意を喚起するための発煙筒や三角停止板を設置する義務がある。

本件事故は、高速道路上で発生したものであるが、亡剛嗣は、一審原告車を運転中、降雨、あるいは何らかの原因でハンドルを取られ、中央分離帯の縁石ガードレール及び支柱に接触して、ハンドル操作の自由を失い、反対向きに停止したものであるが、停車位置が追越車線である第三通行帯であるにもかかわらず、車外に出たばかりか、ハザードランプの点灯、発煙筒、三角停止板の使用等により後続車に対し危険を知らせる措置を採らず、漫然と停止した一審原告車の近くに佇立していたのであるから、自己及び後続車両に対する危険防止のための措置を講じなかった過失が存在する。高速道路の中央分離帯付近は、追越車線であり、決して安全な場所ではなく、むしろ最も危険な場所である。亡剛嗣は、本件事故現場付近に一審原告車が停止した後、少なくとも二〇秒程度は運転席において車両の向きを変えようとしており、その後は車外に出て佇立していたものであるが、自動車の運転手としては、その間、ハザードランプを点灯させることが、最も早くかつ安全に一審原告車の存在を後続車両に知らせる手段であるのに、これを怠ったものである。すなわち、高速道路においては、何らかの原因で低速走行する車両も存在するが、低速走行する車両に対し、高速走行の車両が後方から接近すると、前方の車両が停止しているように見えることは珍しいことではないから、実際に停止している車両は、ハザードランプ、発煙筒等により、後続車に対し、停止が禁止されている高速道路内で停止していることを明らかにする必要がある(実際、本件事故後、水上車は、一審原告車及び一審被告車の停止に気づくのが遅れて追突した。)。また、亡剛嗣としては、車外に出るのであれば、まず発煙筒や三角停止板の設置を行うべきであったし、仮に後続車両のことを度外視し、亡剛嗣の安全のみを考えるのであれば、まず路側帯方面へ避難すべきであったのに、一審原告車近くに佇立し、後続車両及び自らの安全を図るような行動を採らなかった。

したがって、一審原告らの損害算定に際しては、亡剛嗣の右過失を斟酌すべきであるところ、亡剛嗣の過失割合は、少なくとも四割を下らない。

(一審原告らの主張)

前記のとおり、一審原告車が本件事故現場において、進行方向と反対向きに停止したことにつき、亡剛嗣に何らの過失は認められない。亡剛嗣は、追突当て逃げにより一審原告車が停止した後、後続車両に気を配りながら一審原告車を発進させようとしていたが、発進させることができなかったところ、一審被告車が不意に車線変更をして進行してくるのを見て危険を感じ、身を守るために車外に出て中央分離帯の側にある幅四〇センチメートルの路肩付近(車道外)に退避した。高速道路の二つの車線を横断して、路側帯方面に避難することは、到底安全な行動とはいえない。したがって、亡剛嗣の取った右の措置は最善のものであり、何ら非難されるべき点はない。また、一審被告車は、遅くとも、車線変更後約四秒で一審原告車に衝突しており、一審原告車の中で一審被告車を発見した亡剛嗣とすれば、降車して退避するのが精一杯であって、助手席の奥から発煙筒を手にしたり、トランクに収納されている三角板を取り出して組み立てている時間的余裕はなかった。仮にこれらを使用することができたとしても、居眠り運転をしていた一審被告武石は、本件事故を回避することができなかったはずである。このように、本件事故は、一審被告武石が、居眠り運転を含めて前方注視を完全に怠り、漫然と一審被告車を運転し、かつ、事故回避の措置を全く取らなかったという重大かつ一方的な過失を原因として発生したものであり、一審原告車が高速道路上に停止していたために起きた事故とみることはできない。

よって、一審原告車が本件道路上に停止するに至った原因は不可抗力であり、停止後に亡剛嗣が取った措置に不注意と責められるべき点は何ら存在しないから、本件事故において、過失相殺が問題となる余地はない。なお、仮に、一審原告車が本件道路上に進行方向と反対向きに停止していた原因が不明であったとしても、亡剛嗣の自損事故であることを前提に過失割合を決するのは、証明責任の分配原則上許されないはずである。

3  損害

(一審原告らの主張)

(一) 亡剛嗣の損害  合計一億四二六七万六一〇六円

本件事故により、亡剛嗣が被った損害は、合計一億四二六七万六一〇六円であり、一審原告清隆及び一審原告慶子は、その各二分の一(七一三三万八〇五三円)を相続した。

(1)  入院関係費 六万三五四〇円

(2)  逸失利益 一億一二六一万二五六六円

ア 亡剛嗣は、本件事故がなければ大学を卒業するはずであった平成九年四月一日から就職していたことを前提に逸失利益を算定すべきであるところ、心身共に健康であり、学業人格共に高く評価されていたので、卒業後は大企業に就職することが高い蓋然性をもって予測し得た。亡剛嗣が所属した持丸悦朗教授(以下「持丸教授」という。)のゼミ(持丸研究会)の学生は、毎年ほとんどは一流企業に就職するか、大学院に進学していた(平成二年から平成九年まで八年間の右ゼミ卒業生の就職先は、九二名中七一名が従業員一〇〇〇人以上の大企業及び上場企業であり、その余もほとんどが、大学院進学、上場企業の子会社、会計士等自由業、家業などに就業している。亡剛嗣のゼミ同期生も、すべて大企業に就職した。)。亡剛嗣は、本件事故以前、NTT等の大企業に就職したいと希望しており、持丸教授は、亡剛嗣が希望する進路に進むことは一〇〇パーセント可能であった、どのような大学、企業でも推薦はもちろん、強くバック・アップしたいと思っていたと述べている。

以上によれば、亡剛嗣の逸失利益は、産業計千人以上大卒男子の賃金センサスに基づいて算出すべきである。

イ 既に経過した平成一〇年六月三〇日までの逸失利益は、年収三三七万一六〇〇円として、中間利息を控除しないで計算した四二一万二一九〇円となり、これに、平成一〇年七月一日(二四歳)以降六七歳まで就労可能として、年収七六九万〇六〇〇円に、四パーセントのライプニッツ係数により算出した一億五六六六万二九〇五円を加えた総額から、生活費控除率を三〇パーセントとして減額すると、亡剛嗣の逸失利益は一億一二六一万二五六六円となる。

亡剛嗣は、大学卒業後は直ちに大企業に就職し、網膜剥離により会社員としての労働が難しくなった一審原告清隆に代わり、家族(一審原告清隆、一審原告慶子、一審原告文湖の大学卒業時まで)を扶養する予定であったから、生活費控除率は三〇パーセントとすべきである。また、逸失利益は、被害者が死亡しなかったのであれば、将来得られたであろう収入の喪失のことを意味し、仮に生活費を控除することが妥当であるとしても、事故発生時点のみならず、当該被害者の全生涯にわたる生活状況を斟酌して適正な率による控除がなされるべきことは当然である。亡剛嗣は、三苫家の長男として、その将来を嘱望されていたのであり、亡剛嗣の豊かな人格と才能に鑑みれば、遠くない将来、結婚して子供をもうけ、幸せな人生を築いたに違いなく、日本人男性の平均初婚年齢が二八・七歳であることからすると、遅くとも二九歳以降の生活費控除率は三〇パーセントとすべきである。

なお、現在の経済状況(とりわけ金利水準)を考慮することなく、法定利率により中間利息を控除することは、加害者である一審被告らを不当に利することになり、一審原告らに極めて不利である。現在の金利水準からすると、損害賠償金を年五パーセントで運用することは不可能であり、金利水準が年利五パーセントに上昇し、それが継続する可能性もほとんどない。逸失利益の算定に当たり、インフレ加算をしない一方で、中間利息を年五パーセントの割合で控除することは、逸失利益の額を極端な低額に押しとどめるものであり、その不合理性は顕著である。中間利息の控除は年四パーセントのライプニッツ係数で行うべきである。

(3)  慰謝料 三〇〇〇万円

亡剛嗣は、洋々たる未来があったにもかかわらず、一審被告武石の無謀運転により、わずか二一歳でその生涯を閉じなければならなかった。亡剛嗣の精神的苦痛に対する慰謝料は、三〇〇〇万円を下らない。

(二) 一審原告清隆固有の損害 合計一二七七万四四〇六円

(1)  遺体搬送料 二万五七五〇円

(2)  葬儀費用 二四四万八六五六円

(3)  墓誌建立費 三〇万円

亡剛嗣の父である一審原告清隆は、本件事故により亡剛嗣が死亡しなかったら、亡剛嗣の墓誌を建立することはなかった。

(4)  固有の慰謝料 一〇〇〇万円

亡剛嗣は、人格的に優れ、将来を嘱望された青年であったため、残された遺族の精神的な打撃は計り知れない。また、亡剛嗣は、家族の要として、卒業後、一審原告清隆に代わり、家族を扶養する予定であった。一審原告清隆は、老後の精神的、経済的支柱を失ったのであり、その深甚な精神的打撃を慰謝するに足りる慰謝料は、一〇〇〇万円を下らない。

なお、一審被告武石は、本件事故から約三年間が経過した本訴提起まで、一審原告清隆、一審原告慶子、一審原告文湖に対し、亡剛嗣の死亡について、何ら哀悼の意を表したこともなく、謝罪もしていない。一審被告武石は、自らの過失による死者に対する畏敬の念が感じられる行為もしていない。一審被告武石の右態度は、右一審原告らの怒りを増幅するものであり、亡剛嗣の死亡に対する精神的な打撃をより増大させるものである。

(三) 一審原告慶子固有の損害 一〇〇〇万円

前記(二)(4) と同様の理由により、一審原告慶子の固有の慰謝料は一〇〇〇万円を下らない。

(四) 一審原告文湖固有の損害 三〇〇万円

前記(二)(4) の事情を考慮すると、亡剛嗣の妹である一審原告文湖の固有の慰謝料は三〇〇万円を下らない。

(五) 一審原告会社の損害 合計二八二万五九一七円

(1)  一審原告車買替差額(全損) 二八一万三六六七円

(2)  運送費 一万二二五〇円

(六) 損害のてん補 二八九九万一四九六円

一審原告清隆、一審原告慶子は、平成八年五月二七日、自賠責保険より、損害のてん補として、三〇〇〇万三三〇〇円の支払を受けた。右金額に対する本件事故日から右支払日までの年五分の割合による金員は、遅延損害金として受領したものとして控除すると、損害のてん補としては、二八九九万一四九六円を受領したものというべきであり、一審原告清隆、一審原告慶子は、その二分の一を、各自の損害に充当した。

(七) 弁護士費用 合計一四二二万八四九二円

(1)  一審原告清隆 六九六万一六七一円

(2)  一審原告慶子 六六八万四二三〇円

(3)  一審原告文湖 三〇万円

(4)  一審原告会社 二八万二五九一円

(八) 各自の損害合計

(1)  一審原告清隆 七六五七万八三八二円

(2)  一審原告慶子 七三五二万六五三五円

(3)  一審原告文湖 三三〇万円

(4)  一審原告会社 三一〇万八五〇八円

(一審被告らの主張)

(一) 逸失利益における中間利息控除は、被害者の死亡時から満六七歳まで稼働することを前提とした長期的将来に対する予測の問題である。現在の金利水準が極めて低利であったとしても、将来高利にならないとは限らない。逸失利益の算定自体が、蓋然性に対する判断であって、将来に対する蓋然性の問題は、現在の事象により左右されるべきではない。

中間利息控除が年五分とされているのは、民事法定利率(民法第四〇四条)に基づくものであり、加害者に不利な遅延損害金に関しても、現実の金利水準にかかわらず年五分とされている。蓋然性に関して問題になり得ない遅延損害金について、年五分の民事法定利率が堅持されているのであるから、将来的に大きな変動が予測される中間利息については、年五分の割合による控除が妥当である。

(二) 亡剛嗣は、本件事故当時、独身の大学三年生であった。亡剛嗣が、大学卒業後、一審原告清隆に代わり一家の支柱になることはあくまで予定であって、生活費控除は五〇パーセントとするのが妥当である。

(三) 亡剛嗣が、将来どのような企業、職種に就職するかは、学生の間は未定というほかはなく、持丸教授の研究室の卒業生のうち、従業員一〇〇〇名以下の企業に就職した者が相当数いることは明らかであるし、持丸教授の報告書(甲八)でも、亡剛嗣の進路として研究職に就く可能性がある。したがって、本件事故当時、大学三年に在学中であった亡剛嗣については、大卒者の賃金センサスを用い、大学卒業予定時までの二年間分の「中間利息を控除した上で(卒業まで一年六月を要するところ、就労可能まで二年の係数を差し引いたとしても不当ではない)、企業規模計による賃金センサスに基づき逸失利益を計算することが、公平の理念に合致する。

(四) 一審原告車の全損による損害は、本件事故当時の同種車両の時価である二六五万円とするのが相当であり、一審原告会社の簿価から算出すべきではない。また、一審原告車は、本件事故前の自損事故により、車両右前部及び右側部に損害が発生していたのであるから、右部分の損害について、相当額の減額をすべきである。

(五) 自賠責保険の既払金に関し、本件事故日から支払日までの遅延損害金の分を減額すべきではない。

(六) 一審原告らが主張する慰謝料額は過大である。特に、亡剛嗣の妹である一審原告文湖について固有の慰謝料を認めるのは相当でない。

(七) 一審被告らは、本件事故後、香典名下に五〇万円という高額な金員を一審原告らに支払っているが、これは、本件において認められた慰謝料に充当されるべきである。

第三当裁判所の判断

当裁判所は、本件全資料を検討した結果、一審被告らは、連帯して、一審原告清隆に対し一九七〇万四四〇三円、一審原告慶子に対し一八二八万三八〇三円、一審原告文湖に対し一七六万円、一審原告会社に対し二四八万〇七三三円の各損害賠償金及びこれに対する本件事故発生日である平成七年九月一五日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があると判断する。その理由は、以下のとおりである。

一  本件事故の態様

1  事実関係

証拠(甲四一、四三、四九、五〇、五五、乙一、二、七ないし一一、一三、一七、一九、二二、二三、三五ないし三七、四二、四四ないし四六、四八、一審被告武石本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故現場の状況について

本件事故現場は、本件道路上の、空港北トンネル出口南西約二キロメートル、多摩川トンネル入口北東約五〇〇メートルの地点である。本件道路は、車道幅員一〇・七メートルの三車線道路で、左側には幅員二・五メートルの路側帯がある。道路は、ほぼ直線で、路面は、平坦でアスファルトで舗装されており、本件事故当時は雨のため濡れていた。車線の境界線は、白色ペイントの破線で、路側帯と車線との境界線は、白色ペイントの実線で鮮明に標示されており、最高速度は、毎時八〇キロメートル、終日駐停車禁止の交通規制が行われていた。

本件事故当日午前七時三〇分ころから、実況見分(以下「本件実況見分」という。)が行われたが、一審被告武石の進路から前方の見通しは、視界を妨げるものはなく、約一五〇メートル先の障害物を視認することができた。本件道路に設置された照明灯(照明灯番号第五二―〇一六四号〔以下「本件照明灯」という。〕)を基準として、大井方面に約五・八メートルの地点の縁石(地表から約二五センチメートルの高さにある。)に長さ約一・四メートルの接触痕が、本件照明灯直前の縁石から神奈川方面に向かって約二・一メートルの接触痕が、本件照明灯から神奈川方面に約一一・九メートルの地点の縁石に長さ約一・一メートルの接触痕が、本件照明灯から約一四メートルの地点の縁石に長さ約四・三メートルの接触痕がそれぞれあった。また、本件照明灯から、神奈川方面に向かって約一三メートルの地点の中央分離帯ガードレールに、接触痕があった。本件照明灯から、神奈川方面に向かって、約一三メートル及び約一四メートルの地点の路上に、各路面擦過痕があった。本件照明灯から神奈川方面に向かって約一九・一メートルの地点に、四条の路上擦過痕があった。本件照明灯から神祭川方面に向かって、約一八・五メートルの地点の中央分離帯ガードレールの支柱が曲がっており、一審原告車のテールランプが右支柱に付着していた。本件照明灯から神奈川方面に向かって、約一八・四メートルの地点の中央分離帯縁石下部分に、亡剛嗣の右側運動靴が、約三三・五メートルの地点に左側運動靴が落下していた。路面上にスリップ痕はなかった(以上の縁石、ガードレールの接触痕、路面上の擦過痕を総称して、以下「本件擦過痕」という。)。

(二) 本件事故の捜査状況について

(1)  本件事故は、本件事故当日午前六時三五分ころ、本件事故現場付近を通行していた会社役員竹下賢一からの一一〇番通報により、警察が認知した。平成八年二月二九日、司法警察員尾形博史により作成された捜査報告書には、事故の種別欄に、「単独事故を起こして走行車線に停止中の自家用普通乗用自動車に後続の自家用普通乗用自動車が衝突」、目撃者(単独事故直後の現場の状況を目撃)欄に、「会社員榎本勝男」、事故の概要欄に、「(一)被疑者武石喜代二は、前記日時ごろ、前記自動車を運転し、前記場所先道路を大井方面から神奈川方面に向けて時速約八〇ないし九〇キロメートルで進行中、前方(進路)に普通乗用自動車を認めたが、同車が進路前方を同方向に進行しているものと判断して、同車の動静注視を欠いたまま進行したため、同車が停止しているのを、また同車の直近右側に三苫剛嗣が佇立しているのを直前に至って発見、急ブレーキをかけたが間に合わないで、同車と同人に衝突させて、同人を死亡させた」等と記載された。

本件事故当日午前七時ころ、警察官二名が本件事故現場に到着したところ、本件事故現場には三角表示板等は設置されておらず、一審原告車のハザードランプは点灯していなかった。

(2)  本件事故当日、東京都監察医黒崎久仁彦が作成した亡剛嗣の死体検案調書には、死亡前後の状況・死亡前の経過・その他欄に、「本屍は本日午前六時三八分頃、普通乗用車を運転し、上記高速道路(三車線の最右側)を走行中、雨によるスリップ(推定)にて右方側壁に接触し、同車線上に停止してしまったとの由。様子を見るため、本屍が路上に出ていたところ、後続のワゴン車(ハイエース)が本屍の車輌に推定約七〇から八〇キロメートル毎時の速さで衝突したため、その反動で自分の車にはねとばされる形となったもの(とばされた距離約一五メートル)。救急搬送されるも、結局死亡確認に至ったもの。目撃者もおり、状況的には問題なさそうだとの由。右記所見より上記診断とする。」と記載された。

(3)  本件事故前後の一審原告車及び亡剛嗣の動向を目撃した榎本については、平成七年九月二五日付け及び平成八年二月一二日付けで司法警察員尾形博史が供述調書を作成しており、また、同年二月一二日、榎本を立会人とする実況見分が行われた。榎本は、「本件事故当時、本件事故現場近くの首都高速道路料金所で料金徴収業務に従事していたが、首都高速道路湾岸線西行道路の方から『どかーん』という大きな衝突音が聞こえたので、料金所を出て近くの縁石の上の植込みから確認したところ、一審原告車が、本件事故現場に進行方向と反対側を向いて停止していたのを目撃した、その場所は、一審原告車から約一三・三メートル離れた地点であり、一審原告車は、本件照明灯より約一三・〇メートル離れた地点に停止しており、一審原告車のハザードランプ等は点灯しておらず、エアバックも作動していなかった、榎本が、停止していた一審原告車を初めて見た時点で、付近に停止していた車両はなく、付近から発進加速していく車両はなかった、当時はかなり強い雨が降っていたが、榎本の位置からは一審原告車と運転者(亡剛嗣)の様子がよく見えており、運転者(亡剛嗣)は、運転席で一審原告車を転回させようとしていた、榎本は、その様子から一審原告車はすぐに立ち去っていくと思い、そのまま料金所に戻り料金徴収業務を再開したところ、二回目の『どかーん』という衝突音(本件事故)を聞いたものであり、一回目の衝突音から二回目までの時間は一分前後であった」と供述している(なお、榎本は、一審原告に対し、一回目の衝突音は、車と車が衝突した音であることは経験的にすぐ分かったとの記載のある陳述書〔甲一一の二〕を提出している)。

(三) 一審被告武石の捜査段階等における供述について

(1)  一審被告武石は、本件実況見分において、「第二通行帯から第三通行帯に進路変更を開始した地点は、亡剛嗣及び一審原告車と衝突した地点(以下「本件衝突地点」という。)から約九三・一メートル離れた地点であり、進路変更が完了した地点は、約五八・六メートル離れた地点であり、その地点で一審原告車を発見した、その際、亡剛嗣は、一審原告車の運転席にいた、一審原告車が停止していたことに気づいた地点は、本件衝突地点から約二〇・一メートル離れた地点であり、その際、亡剛嗣は、一審原告車外の助手席側方にいた、衝突後、一審被告車は、本件衝突地点から約一一メートル離れた第二通行車線上に停止し、一審被告車前方に一審原告車が停止した、その後、水上車に追突された、亡剛嗣は、本件衝突地点から約二三・三メートル離れた中央分離帯植込みに倒れた」と指示説明した。

(2)  平成七年九月一五日付けの司法警察員に対する一審被告武石の供述調書によると、一審被告武石は、「本件事故当時、雨が強く降っており、どしゃぶりで、もやがかかっている状態で、前方の見通しはあまりよくなかったが、約一〇〇メートル先の障害物は確認できる状態であった、通行車両は少なく、流れはスムーズだった、時速約八〇キロメートルで走行していた、第二通行帯から第三通行帯に進路変更を開始した地点は、本件衝突地点から、約九三・一メートル離れた地点であり、進路変更が完了した地点は、約五八・六メートル離れた地点であり、その地点で一審原告車を発見した、その際、一審原告車は、ブレーキランプ、ハザードランプ等の灯火類は点灯していなかったので、前を走っているように見えたから、一審被告車のブレーキを操作しなかった、一審原告車が停止していたことに気づいた地点は、本件衝突地点から約二〇・一メートル離れた地点であり、その際、一審原告車は、前部が反対向きで、若干左側車線の方向を向いて、灯火類を点灯させずに停止していた、亡剛嗣は、一審原告車外の助手席側方にいて、左側車線方向に向かってゆっくりと歩いているように見えたので、衝突の危険を感じて急ブレーキをかけ、ハンドルを左に切ったが、ブレーキが効かないで滑走してしまい、ハンドル操作もできないまま、一審原告車と正面衝突した、亡剛嗣との衝突は、一審原告車との衝突に気をとられていたためよく見ていなかったが、立っていた位置から、一審原告車と衝突したと同時くらいに衝突したと思う」と供述した。

(3)  平成七年一一月一二日付けの司法警察員に対する一審被告武石の供述調書によると、一審被告武石は、「本件事故当時、東京港トンネルを出てから、大井南付近を通過中、今まで降っていた雨とは異なり、雨のふり方がどしゃぶり状態となり、前方がかなり見ずらい状態になったことから、作動させていたワイパーを、回転が早くなるレバーに切り替えて前方をよく見ながら、第二通行帯を走行していた、左右の車線の通行車両にも、いつもよりは気をつけて走っていた、急いでいるわけではなかったため、時速約八〇キロメートルで走行していた、本件事故現場付近に差し掛かった際、第三通行帯なら左側を走行する車両のみに注意して走ればいいことから、気楽になれると考えて進路変更した、進路変更する際には、方向指示器の右側を点灯させ、右のサイドミラーで後方の安全を確認した、前方の障害物、他の車両の割り込み等の障害を避けるために行ったわけではない、一審原告車を発見した際は、前を走っている車両だと思った、発煙筒、三角停止板、ハザードランプの点灯、前照灯の点灯等はなく、停止中の車であることの合図は何もなかったので、そのままの速度で進行した、一審原告車が停止していることに気づいた際、一審原告車は、進路前方の車線上に、進行方向とは逆方向に、車の前部が中央車線に向かって斜めに向いた状態で停止していた、ハザードランプ等、停止中であることを示す合図はなかった、同時に、亡剛嗣が、一審原告車外の助手席付近から車の前方に向かって、普通の歩き方で、下を向いたまま歩いているのが見えた、歩いている様子から、後続車両には気づいていない様子であった、一審原告車前部の傷を確認している様子であった、一審被告武石は、危ないと大きな声を出し、急ブレーキをかけて、ハンドルを左に切って衝突を避けようとしたが、ブレーキは作動せず、一審被告車も直進してしまい、一審原告車に衝突してしまった」と供述した。

(4)  平成八年二月八日付けの司法警察員に対する一審被告武石の供述調書によると、一審被告武石は、「本件事故当時、速度は、時速約八〇キロメートルであり、もう少し出ていたとしても、時速約九〇キロメートルくらいであった、サンダル履きで運転していた、雨がどしゃぶり状態で、古い型のワンボックスカーに合計六名乗車していたので、速度は出せないし、急いでいるわけではなかった、どしゃぶりの雨で、五人も同乗者がいたので、慎重に運転していた、一審原告車は、進路変更後、一審原告車に気づいたが、ハザードランプ等を点灯させておらず、フロントガラスにどしゃぶりの雨が強く当たって、いつもよりは前が見えにくい状態であったため、追越車線に合図なしに停止している車はまさかないだろうと思い、走行しているものと判断して、ブレーキ等は操作しなかった、実際には、進路前方に、反対向きに、斜めに停止していた、ハザードランプ、前照灯、ウインカー等の灯火類は全く点灯していなかった、亡剛嗣は、車の方を向いて、横向きで立って、少し前かがみになって、車の左前輪を前から見ているような動作をしていた、一審被告車には全く気づかない様子で、そのままの姿勢で立っていた、衝突の危険を感じて、咄嗟に危ないと大きな声を出し、ブレーキを思い切り踏み込み、ハンドルをすぐに左に切った(クラクションを鳴らす余裕まではなかった。)が、ブレーキは効かず、左に進路変更することなく直進してしまい、一審原告車と亡剛嗣に衝突した、一審被告車の右フロントガラス右端付近が、亡剛嗣の左顔面あたりに衝突して、フロントガラスにびしっという音がした、衝突した際の衝撃が激しく、上半身をハンドルにぶつけたので、目の前が見えなくなり、亡剛嗣が跳ね飛ばされた方向や、一審原告車が衝突後にどのように移動して停止したかは分からなかった」と供述した。

(5)  平成九年六月九日付けの検察官事務取扱副検事に対する一審被告武石の供述調書によると、一審被告武石は、「本件事故当時、どしゃぶりの雨であったが、交通量はさほど多くはなく、前方約一〇〇メートルくらいの見通しはきく状況だった、急ぐ必要性はなかったので、時速約九〇キロメートルで走行していた、雨の中での運転であったから、真ん中の車線よりは追越車線の方が、後ろから来る車に対して左側だけを注意すればいいと思い、追越車線に車線変更した、車線変更が終わるとすぐに、進路前方に車があることに気づいた、最初は走行しているものと思ったが、だんだんと大きく見えてきたので、停止していることが分かった、停止している一審原告車の右横に亡剛嗣が立っていて、一審原告車の方をのぞき込んでいるのが分かった、急ブレーキをかけるとともに、ハンドルを左に切って避けようとしたが、ブレーキが効かずハンドルも切れない間に、一審原告車と亡剛嗣に正面衝突してしまった、一審原告車は、ハザードランプを点灯させたり、三角停止板を設置していなかったので、停止していたことが分からなかった、一審原告車が逆向きに停止していたことは、本件事故後、警察官から説明を受けた」と供述した。

(6)  平成一一年一一月三〇日、本件第七回口頭弁論期日の一審被告武石の本人尋問において、一審被告武石は、「本件事故当時、本件道路は空いていた、羽田のトンネルを出た辺りではどしゃぶりだった、ワイパーは早い速度で作動させていた、路面には水が溜まっていた、追越車線への車線変更は理由なく行った、車線変更後、一審原告車に気づいたが、前方を走っていると思った、一審原告車が反対向きに停止していたことは、本件事故後、警察官から聞いて初めて知った、一審原告車は、ハザードランプを点灯させておらず、三角停止板も設置されていなかった、亡剛嗣は、一審原告車の助手席の脇で、車をのぞき込むようにしていた、亡剛嗣は、一審被告車に気づいた様子はなかった、一審原告車が停止していたことに気づいた地点は、本件衝突地点から約二〇メートルしか離れていなかったが、まさか追越車線に車が停止していたとは思わなかったので、二〇メートル前になるまで気づかなかった、本件事故当時、一審被告車を、時速約八〇キロメートルから九〇キロメートルで運転していた、急ブレーキを踏み、ハンドルを切ったが、間に合わなかった、スリップをしたかどうかは分からなかった」と供述した。

(四) 事故車両について

(1)  一審被告車は、自家用普通乗用自動車(トヨタ・ハイエース平成元年式)であり、車長約四・六〇メートル、車幅約一・六九メートル、車高約一・九六メートル、乗車定員八名、運転席右側、塗色銀色、ブルーメタリック色等で、本件事故後、ハンドル、ブレーキ、灯火類関係の点検は、車両損傷のため実施できなかった。主たる損傷部位は、前部バンパー、フロントグリル相当部、フロントパネル部の凹損、左右後部フェンダーの凹損の他、右側側面部は、全体的に凹損、擦過が認められた。フロントガラスは脱落していた。一審被告車のワイパースイッチはローの位置に入っており、アクセルペダルは根元から折損し、速度計は「〇」に戻っていた。三速オートマチックのギアは、セカンドの位置に入っていた。

一審被告車のフロントガラスは、高さ約〇・八七メートル、上端の幅約一・三四メートル、下端の幅約一・五六メートルで、フロントガラス上端に約八センチメートル幅で薄緑色の遮光部分が設けられていた。

フロントガラスは、全面にわたり破損しており、衝撃の程度が大きかったと思料されたが、運転席から向かって右端から約五〇センチメートル、下端から約一五センチメートル部分を中心に、円形状に破損が認められた。右端から約三八センチメートル、下端から約二六センチメートルの部分に、長さ約一・五センチメートル、幅約一・五センチメートルの、右端から約四一センチメートル、下端から約二三センチメートルの部分に、長さ約一・五センチメートル、幅約〇・五センチメートルの表皮様の物が付着しており、右端から約三三センチメートル、下端から約三六センチメートルの部分に、長さ約一センチメートルの毛髪様の物が五本、右端から約三五センチメートル、下端から約四三センチメートルの部分に、長さ約一センチメートルの毛髪様の物が五本、右端から約四〇センチメートル、下端から約二五センチメートルの部分に、長さ約一・二センチメートルの毛髪様の物が一本、右端から約四七センチメートル、下端から約三五センチメートルの部分に、長さ約二・五センチメートルの毛髪様の物が一本付着していた。

(2)  一審原告車は、自家用普通自動車(ニッサン・シーマ平成五年式)で、車長約四・九四メートル、車幅約一・七八メートル、車高約一・四三メートル、乗車定員五名、運転席右側、塗色紺色であり、本件事故後、ハンドル、ブレーキ、灯火類関係の点検は、車両損傷のため実施できなかった。損傷の状況は、フロントバンパー、左後部バンパーが脱落しているほか、車両前部(インナーバンパー曲折、ボンネット曲損、左右フロントライトレンズ破砕脱落、電球破砕、フロントガラスひび割れ等)、車両左側面(左前部ドア付近に塗膜を削り取るような凹損擦過、緑色塗膜の付着、青色塗膜の付着、赤色塗膜の付着、左後部タイヤバースト、タイヤサイドウオール部一部擦過、ホイール部一部擦過等)、車両後部(後部バンパー折損欠落、シャーシバンパー取付部左側端が押し上げられている。トランクリッド部は、トランク先端から曲折し、一部塗膜の剥離がみられ、開放したままであった。)に損傷が見られるというもので、ほぼ大破(全損)した状態であった。左前輪が曲損しているほか、エンジン部分損傷のため、走行実験、制動機能実験は実施できなかった。なお、一審原告車のギアはパーキングになっていた。

一審原告車は、ABS標準装着車であった。エアバックは、車両後方からの衝撃では作動しないが、エンジンキーがONの状態であれば、衝突時に電気系統が故障していてもエアバックは作動する。ギヤがドライブの状態であっても、タイヤ(前後輪とも)が反対向きに回転することはあり得る。

(五) 一審被告武石の刑事、行政上の処分について

一審被告武石は、本件事故に関して、略式裁判により、罰金五〇万円に処せられた。行政処分については、平成八年五月八日、警視庁高速隊から警視庁運転免許本部に書類送致されたものの、運転免許本部が書類の処理を失念していたため、平成一二年一月二八日、一審原告清隆及び一審原告慶子は、運転免許本部本部長に対し、「被疑者武石喜代二の業務上過失致死事件に対する行政処分についての意見書兼要望書」を提出した。そして、同年四月五日、千葉県公安委員会は、一審被告武石に対し、本来ならば欠格期間一年の取消処分に該当する事案であるが、本件については事案発生から既に四年六か月を経過していることを理由に、免許停止一八〇日の行政処分をした。

2  検討

(一) 一審被告武石の過失

自動車運転者としては、走行中、前方を注視して自車を安全に運転する注意義務があるところ、これまで認定した事実によれば、一審被告武石は、右の注意義務を怠り、前方を注視することなく時速約九〇キロメートルのスピードで一審被告車を運転したため、一審原告車が追越車線である第三通行帯に停止しているのに気づくのが遅れ、約二〇・一メートル手前で停止していることに気づいたものの、適切な回避措置を講ずることができないまま一審原告車及び亡剛嗣に衝突し、亡剛嗣を死亡させ、一審原告車を大破させたものであるから、一審被告武石に過失があることは明らかである。以上によれば、一審被告武石は、民法七〇九条に基づき、一審被告会社は、一審被告車の保有者でありこれを運行の用に供していたのであるから、自賠法三条に基づき、また、一審被告会社は、一審被告武石の使用者であるから、民法七一五条に基づき、本件事故により亡剛嗣及びその両親、妹、原告車の所有者である一審原告らが被った損害を賠償する義務がある。

(二) 進路前方の見通しに関する一審被告武石の弁解

一審被告武石の捜査段階における供述調書には、雨がどしゃぶりで、もやがかかったような状態であったため、前方の見通しがあまりよくなかった、高速道路の追越車線に停止している車両があるとは思わなかったなどの弁解にわたる記載がある。

しかし、前記1(一)、(四)のとおり、本件事故現場付近の本件道路は、直線が続いていて進路前方の視界をさえぎるものはなく、本件事故後約一時間経過した後に行われた本件実況見分においても、約一五〇メートル先の障害物を視認することができる状況にあったこと、一審被告車のワイパースイッチがローの状態であったことなどの事実からすると、本件事故当時、激しい雨やもやにより視界が悪かったと認めることはできないし、一審原告車が停止しているのに気づくのが遅れたことにつき、一審被告武石にやむを得ない事情を見いだすことはできないから、一審被告武石の右の弁解をもって、同人の過失の有無・程度についての判断を左右するには足りないというべきである。

(三) 一審被告武石の居眠り又は半覚醒状態での運転

一審原告らは、一審被告武石は、本件事故直前に居眠り又は半覚醒状態で運転していたと主張し、それを裏付けるものとして、「私は事故当時『ウトウト』状態で運転していました」、「その様な状態でしたから、衝突直前の車線変更は知らず知らずのうちに車線が変っていましたのです」、「『はっ』として気がついた時には車がぶつかっていました」との記載のある一審被告武石の陳述書(甲五九)を提出している。これに対し、一審被告武石は、平成一二年四月五日と四月九日、一審原告清隆、一審原告慶子及び一審原告文湖から、裁判は終わった、亡剛嗣に報告するだけだなどと言われ、居眠り運転をしたことを書くよう迫られたことから、お墓に供えるだけならと思い、居眠り運転と記載することは拒絶したものの、「ウトウト」という表現で甲五九を作成したとの陳述書を提出している(乙五一)。なお、右一審原告ら三名からは、一審被告武石が任意に甲五九を作成した旨の陳述書が提出されている(甲三六、五六、五八)。

よって検討するに、一審被告武石は、捜査段階から居眠り運転をしていたことを認める旨の供述をしておらず、一審被告車の同乗者からも、一審被告武石が本件事故当時居眠り運転をしていた旨の供述は得られていないのであって、甲五九においても、居眠り運転を認めているわけではなく、そこで言う「ウトウト」状態が一審原告らの主張する半覚醒状態に当たるかどうかは必ずしも明確でない。また、本件事故から四年半以上経過し、一審被告武石が刑事処分及び行政処分を受け、本件訴訟において本人尋問も終了した後に、右一審原告ら三名から陳述書の作成を強く求められて作成した陳述書の記載内容が、それまでの供述よりも信用性が高いということができるか否かは、疑問が残るといわざるを得ない。したがって、これまで認定した一審被告武石の前方不注視の事実に、甲五九の記載の趣旨を加味し、一審被告武石の前方不注視の過失の程度は重大であったと認めることはできるものの、一審原告らが主張するような居眠り又は半覚醒状態で一審被告武石が一審被告車を運転していたため本件事故が発生したとまで認定するのは困難である。

(四) 一審原告車の停止の原因

一審原告車が、本件事故現場に進行方向と反対に向いて停止していた原因は、本件に現れた全証拠を総合しても、一審原告車の自損事故か後続車両による追突事故かを明らかにすることはできないというべきである。

この点について、一審原告らは、榎本は、本件事故に先立ち、一審原告車が後続車両に追突された際に発生したと思われる「どかーん」という音を聞いたこと、本件事故現場の状況、交通状況、本件擦過痕、一審原告車の損傷部位、一審原告車がABS装着車であったこと、亡剛嗣の慎重な性格等からすると、本件事故に先立ち氏名不詳者の運転する後続車両に追突当て逃げされたため、その衝撃により半回転して本件事故現場に進行方向とは反対向きに停止したと主張し、右追突当て逃げ事故の存在を立証するため、日本交通事故鑑識研究所工学士大慈弥雅弘作成の鑑定書(甲九)、写真撮影報告書(3) (甲二〇)、写真撮影報告書(4) (甲二七)、反論書(甲四四)等を提出している。他方、一審被告らは、一審原告車の損傷状況、本件事故現場手前の道路中央分離帯の縁石等に擦過痕が生じていること、一審原告車と追突車両の破損による残置物が発見されていないこと、榎本も、「どかーん」という音を聞いた後、本件事故現場付近に停止していた車両や、発進加速した車両を目撃してないこと等から、亡剛嗣は一審原告車を運転中、降雨、あるいは何らかの原因でハンドルを取られ、中央分離帯の縁石等に接触して、ハンドル操作の自由を失い、反転し、ガードレールの支柱等に衝突して、「どかーん」という音を出した上で停止したと主張し、それを裏付けるため、住友海上損害調査株式会社技術部長菅谷内義久作成の意見書(乙四三)を提出している。

よって検討するに、一審原告車が本件事故現場に停止するに至った具体的な状況を目撃した者はおらず、榎本も、一審原告車の衝突音を聞いただけで、本件事故現場付近に停止していた車両や、発進加速した車両等、一審原告車に追突当て逃げしたと思われる車両を目撃しているわけではないし(なお、榎本は、最初の「どかーん」という音が、車と車が衝突した音であることは経験的にすぐ分かったと記載した陳述書を作成しているが〔甲一一の二〕、客観的な裏付けを伴う陳述ではないから、これをもって一審原告車が別の車両と衝突した事実を認定することはできない。)、本件事故後、追突当て逃げの痕跡が存在する車両が本件道路を走行していた等の情報は、本件事故に関する刑事記録からも窺われない。

一審原告車が停止していた原因を解明する上で、根拠となり得る客観的証拠は、本件擦過痕、一審原告車と一審被告車の各損傷状態のみであるが、前記1(一)で認定した本件擦過痕によって、直ちに自損事故か追突事故かを明らかにすることはできないし、本件事故により大きな損傷を受けた一審原告車及び一審被告車(一審被告車の損傷には、水上車の追突によるものがある。)について、それ以外にどのような衝撃及びどれだけの損傷を受けたかを客観的に判別することもできない。なお、前記の大慈弥雅弘作成の鑑定書と菅谷内義久作成の意見書は、いずれも本件擦過痕、一審原告車及び一審被告車の各損傷状態等から右の点を推測しているが、推論の過程及び結論はそれぞれ異なり、双方の主張に沿った推測は、一定の前提を立てた場合に可能であるということができる以上に、一審原告車が停止していた原因を正確に解明したものということはできないから、右鑑定書及び意見書によって、右の原因を認定することは困難である。

加えて、一審原告車はABS装着車であるから横滑りすることはない、亡剛嗣が日ごろ慎重な性格であったから、一審原告車が停止した原因は亡剛嗣の過失に基づくものではない等の一審原告らの主張は、いずれも推測の域を出ない。

結局、本件事故現場には、本件事故より前に一審原告車が他の車両と衝突したことを窺わせる残置物がないこと、一審原告車の追突当て逃げした車両を目撃した者はいないことなど、一審原告車が進行方向と反対向きに停車していた原因は一審原告車の自損事故である可能性を窺わせる事実が認められ、どちらかと言えば自損事故の可能性が高いように思われるが、右の事実だけで自損事故と認定するには足りないといわざるを得ない。したがって、一審原告車が停止していた原因を明らかにする的確な証拠を見いだすことはできない以上、右の原因は不明であると結論付けるほかない。

二  過失相殺

前記一2(四)のとおり、一審原告車は、降雨のために路面が濡れていた高速道路である本件道路の追越車線(第三通行帯)に、進行方句と反対側を向いて停止していたものであるが、その原因が不明である以上、亡剛嗣の自損事故であることを前提に亡剛嗣の過失の有無・程度を判断することはできないが、損害の公平な分担という観点から適正に過失相殺を行うには、本件全証拠によって認められる自損事故の可能性を含め、本件に現れた一切の事情を考慮することが許されると解するのが相当である。そうすると、一審原告車が、駐停車の禁止されている高速道路の追越車線上に、進行方向と反対向きに停止していた事実は、一審被告らの側でなく、亡剛嗣の側に生じた事情として斟酌すべきであるところ、榎本が最初の衝突音を聞いてから二度目の衝突音(本件事故)を聞くまで一分前後の時間があったところ、その間、亡剛嗣は、一審原告車を転回させようと操作したり、車外に出るなどしていたのであるから(その時点で、亡剛嗣が事故回避措置を取ることができないほどの傷害を負っていたことを窺わせる証拠はない。)、高速道路上で後続車両と衝突事故が発生することを防止すべく、少なくともハザードランプを点灯して停止の事実を明らかにすることは十分可能であり、さらに、三角表示板を設置すること等も不可能ではなかったというべきである。以上によれば、亡剛嗣は、高速道路上において反対向きに停止した車両の運転者として、後続車両との衝突を回避するための適切な措置を取る義務を怠ったことになるから、この点につき亡剛嗣の過失を認めざるを得ない。そして、一審被告武石の前方不注視の過失と亡剛嗣の右の過失の程度を考慮し、かつ、本件に現れた一切の事情を斟酌すると、亡剛嗣の過失割合を二割として過失相殺を行うのが相当である。

三  損害

1  亡剛嗣の損害 合計七三九〇万二〇一七円

(一) 入院関係費 六万三五四〇円

甲二二及び弁論の全趣旨によると、亡剛嗣は、入院関係費として六万三五四〇円を支払ったことが認められる。

(二) 逸失利益 五五八三万八四七七円

前記第二、一1のとおり、亡剛嗣は、本件事故当時二一歳の男子大学生であった。したがって、亡剛嗣の逸失利益については、平成七年賃金センサス男子労働者大学卒の全年齢平均賃金六七七万八九〇〇円を基礎収入とし、生活費控除割合を五割とし、大学卒業時の二二歳から六七歳まで就労可能として、五パーセントのライプニッツ方式により中間利息を控除して算出するのが相当である。なお、本件事故発生日から亡剛嗣が大学を卒業して就労する予定であった平成九年四月一日までは、約一年半であることから、一年のライプニッツ係数と二年のそれの中間値(平均値)を用いて、本件において亡剛嗣に適用するライプニッツ係数を定めた。そうすると、亡剛嗣の逸失利益は、以下の計算式のとおり五五八三万八四七七円になる。

六七七万八九〇〇(円)×(一―〇・五)×(一七・八八〇〇―〔{一・八五九四+〇・九五二三}÷二〕)=五五八三万八四七七(円)

(1)  算定の基礎となる賃金及び生活費控除率

これに対し、一審原告らは、<1>亡剛嗣は、心身共に健康であり、学業優秀、人格高潔で高く評価されていた、卒業後は大企業に就職することが確実であった、持丸研究会の学生は、毎年ほとんど一流企業に就職するか、大学院に進学しており、亡剛嗣は、本件事故以前、NTT等の大企業に就職することを希望しており、持丸教授は、亡剛嗣が希望する進路に進むことは一〇〇パーセント可能であった、どのような大学、企業でも推薦はもちろん、強くバック・アップしたいと思っていたと述べていることなどからして、亡剛嗣の逸失利益は、賃金センサスの産業計千人以上大卒男子平均賃金に基づいて算出すべきである、<2>亡剛嗣は、大学卒業後は直ちに大企業に就職し、網膜剥離により会社員としての労働が難しくなった一審原告清隆に代わり、一審原告らを扶養する予定であったから、生活費控除割合は三〇パーセントとすべきである、亡剛嗣は、三苫家の長男として、その将来を嘱望されていたのであり、亡剛嗣の豊かな人格と才能に鑑みれば、遠くない将来、結婚して子供をもうけ、幸せな人生を築いたに違いなく、日本人男性の平均初婚年齢が二八・七歳であることからすると、遅くとも二九歳以降の生活費控除率は三〇パーセントとすべきであるなどと主張する。

しかし、一般に交通事故における逸失利益についての算定は、将来の不確定な要素を基礎としてしなければならない関係上、個別事情など不確定要素の多くを捨象してある程度類型化、定型化し、控え目にすることにより、公平、適正な判断が担保されているのであって、本件において一審原告らが主張する亡剛嗣に係る事情(就職先、家族の扶養、結婚等)は、少なくとも本件事故当時、まだ大学三年生であって就職先も内定していなかった亡剛嗣において、不確定要素に属するものといわざるを得ず、したがって、これらの事情を基礎として亡剛嗣の逸失利益を算定するのは相当でないというべきであるから、一審原告らの主張は採用することはできない。

(2)  中間利息の控除割合

さらに、一審原告らは、中間利息の控除は年四パーセントのライプニッツ係数を基にすべきであると主張し、姫路獨協大学経済情報学部教授、神戸大学名誉教授経済学博士二木雄策作成の意見書(甲六、甲一八、甲五四)を提出する。しかし、以下の理由により、本件においてこの見解を採用することはできない。

ア 逸失利益の算定における中間利息の控除は、被害者が将来の一定の時点で受けるべき賠償金(金員)を被害者の死亡時点における現価に換算して算定するため、当該将来の時点までの一般的な運用利益に相当する金員を控除する趣旨により行われるものであるから、理論上、その場合の控除割合を、金銭債権につき別段の意思表示がない場合に元本に附帯して生じる法定利息の利率(民法四〇四条)や、金銭債権の不履行に伴う損害賠償として元本に附帯して生じる遅延損害金の利率(民法四一九条、四〇四条)と、必ずしも同一の利率にしなければならないものではない。しかし、民法制定当時、右の各利率が年五分と定められたのは、当時の我が国及び諸外国の一般的な貸付金利ないし預金金利や法定利率などを参考にしたことによるものであって、その割合を定めるに当たり一般的な運用利益が考慮されている点において、中間利息の控除の問題と共通する経済的・社会的背景があったものであり、民法の右各規定は、その制定当時から約一〇〇年を経過した今日まで全く改正されていない。また、将来の請求権の現価評価に関する現行法の規定を見ても、破産法四六条五号は、破産宣告後に期限が到来する無利息債権につき、「破産宣告の時より期限に至る迄の法定利率に依る元利の合計額が債権額となるべき計算に依り算出せられる利息の額に相当する部分」をもって劣後的破産債権とし、会社更生法一一四条、和議法四四条の二及び民事再生法八七条は、これらの法律に基づく各手続の開始後に期限が到来すべき期限附債権で無利息のものの債権額の評価につき、いずれも、各手続開始の時から期限に至るまでの債権に対する法定利息を債権額から控除するものとしていることに照らすと、将来の請求権の現価評価に当たっては、法定利率により中間利息を控除することが公平に適い妥当であるとするのが、現行実定法の一般的な理念であると解される。このような事情を考慮すると、逸失利益の算定における中間利息の控除についても、それを不合理、不公平であるとすべき特段の事情が認められない限り、民法が定める年五分の法定利率によってするのが相当というべきである。

イ また、我が国の金利動向は、昭和六一年ころまでは長期間にわたり定期預金の年利率が五パーセントに近い水準で推移してきたが、最近の一〇年間は顕著な低金利の状態が続いていることは公知の事実である。しかしながら、このような状態は、いわゆるバブル経済の崩壊によって生じている極めて特異な現象と見るべきであって、現時点において、将来にわたり、このような特異な状態が永続するものと即断することはできない。特に、本件における亡剛嗣の逸失利益は、本件口頭弁論終結時から約四〇年間という長期にわたる得べかりし利益を算定するものであるから、このような遠い将来にわたる貸付金利や定期預金の金利等の推移を現時点で的確に予測することは著しく困難であることはいうまでもない。結局、右のような将来にわたる逸失利益の算定においては、得べかりし収入の額、生活費の額、稼働期間等の諸要素のいずれを取り上げても、その数額や期間を具体的に予測することは困難であるから、一般的、抽象的な蓋然性に依拠してその数額や期間を措定し、これにより控え目に算定せざるを得ないのであって、中間利息の控除においても同様に、一般的、抽象的な蓋然性によらざるを得ず、その場合は、永年にわたり、右アのような理念に基づき、その時々の金利動向等の高下にかかわらず、民法上の法定利率による方法が定着して用いられてきたことを考慮し、中間利息の控除割合を決すべきである。

ウ 以上の点を考慮すると、亡剛嗣の逸失利益を算定するにおいては、中間利息の控除割合を年五パーセントとするのが相当であり、本件においてこれを不合理、不公平であるとすべき特段の事情を見いだすことはできないから、当裁判所は、中間利息の控除に関し、年五パーセントのライプニッツ方式を採用することとする。

(3)  使用すべきライプニッツ係数

一審原告らは、仮に年五パーセントの率で中間利息を控除するとしても、未就労者である亡剛嗣の逸失利益の算定につき、本件事故発生時(満二一歳)からその就労始期(満二二歳)まで約一年あるから、その計算式は、一七・八八〇〇(六七年―二一年に対応するライプニッツ係数)―一・八五九四(二年に対応するライプニッツ係数)ではなく、一七・八八〇〇―〇・九五二三(一年に対応するライプニッツ係数)をもって中間利息を控除すべきであると主張する。

しかし、本件事故が発生した平成七年九月一五日から亡剛嗣が大学を卒業して就業を始める予定の平成九年四月一日まで一年半以上あるから、厳密に言えば、一審原告らが主張する一年に対応するライプニッツ係数では足りず、他方、二年に対応するライプニッツ係数では多すぎることになる。そこで、本件においては、一七・八八〇〇から控除すべき一年半に対応するライプニッツ係数を、二年に対応するライプニッツ係数と一年に対応するライプニッツ係数の中間値(平均値)である一・四〇五八(〔一・八五九四+〇・九五二三〕÷二)として、亡剛嗣の逸失利益を算定することとする。

(三) 慰謝料 一八〇〇万円

本件事故の態様その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、亡剛嗣の死亡に伴う慰謝料は、一八〇〇万円とするのが相当である。

なお、一審被告らは、本件事故後に香典名下に支払った五〇万円を慰謝料に充当すべきであると主張するが、社会儀礼上、相当額の香典は損益相殺の対象とはならないし、慰謝料を特に減額する事情と見ることもできないと解すべきであるところ、本件事故の態様からして、五〇万円の香典が不相当に高額なものということはできないから、一審被告らの主張を採用することはできない。

2  一審原告清隆の固有の損害 合計三五二万五七五〇円

(一) 遺体搬送料 二万五七五〇円

甲二二及び弁論の全趣旨によると、一審原告清隆は、亡剛嗣の遺体搬送料として、二万五七五〇円を支出したことが認められる。

(二) 葬儀費用、墓誌建立費等 合計一五〇万円

甲二二及び弁論の全趣旨によれば、一審原告清隆は、亡剛嗣の葬儀費用を支出しているところ、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用の損害は、一二〇万円と認めるのが相当である。また、甲二二によれば、一審原告清隆は、剛嗣の墓誌建立費として三〇万円を支出していることが認められ、これも本件事故と相当因果関係のある損害と認められるが、これを前記一二〇万円の葬儀費用に含めるのは相当でないというべきであるから、右支出に係る三〇万円を、葬儀費用とは別個の損害と認める。

(三) 慰謝料 二〇〇万円

本件事故の態様その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、亡剛嗣の死亡に伴う原告清隆の慰謝料は、二〇〇万円と認めるのが相当である。

3  一審原告慶子の損害 二〇〇万円

本件事故の態様その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、亡剛嗣の死亡に伴う一審原告慶子の慰謝料は、二〇〇万円と認めるのが相当である。

4  一審原告文湖の損害 二〇〇万円

本件事故の態様その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、亡剛嗣の死亡に伴う一審原告文湖の慰謝料は、二〇〇万円と認めるのが相当である。

5  一審原告会社の損害 合計二八二万五九一七円

(一) 一審原告車買替差額(全損) 二八一万三六六七円

前記のとおり、一審原告車は、本件事故により大破し全損になったことが認められるところ、甲二一の一、四七の一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、一審原告車が全損になったことによる一審原告会社の損害は、二八一万三六六七円と認められる。なお、一審被告らは、本件事故当時の一審原告車の同種車両の時価は二六五万円であったと主張するが、そのことを裏付ける証拠はなく、かえって、甲四七の一ないし三によれば、一審原告車と同種のツーリングGのシーマの中古車価格は二八六万円とされていることが認められるから、一審原告会社の簿価である二八一万三六六七円というのは、一審原告車の損害額として相当なものということができる。

また、一審被告らは、本件事故前の自損事故により一審原告車の右前部及び右側部に損害が発生していたのであるから、右部分の損害について相当額の減額をするよう求めているが、前記のとおり、本件事故直前、一審原告車にどのようなトラブルが発生したか、それがどの程度の衝撃を伴うものであったかなどは証拠上明らかにすることができず、一審原告車が自損事故により本件道路上に停止していたとまで認めることはできないこと、他方、一審原告車が決定的に大破したのは本件事故の衝撃によるものであったと認められることなどを総合考慮すると、本件事故前に一審原告車に生じていた損傷を理由に一審原告会社の損害額を減額するのは相当でないというべきであるから、一審被告らの右の主張を採用することはできない。

(二) 運送費 一万二二五〇円

甲二一の二、三及び弁論の全趣旨によると、一審原告会社は、一審原告車の運送費として、一万二二五〇円を支出したことが認められる。

6  相続

前記第二、一1(二)のとおり、一審原告清隆及び一審原告慶子は、亡剛嗣の損害賠償請求権を各二分の一(三六九五万一〇〇八円、一円未満切捨)ずつ相続したことが認められる。そうすると、一審原告らの損害額は、以下のとおりになる。

(一) 一審原告清隆 四〇四七万六七五八円

(二) 一審原告慶子 三八九五万一〇〇八円

(三) 一審原告文湖 二〇〇万円

(四) 一審原告会社 二八二万五九一七円

7  過失相殺

前記二のとおり、本件事故の発生に対する亡剛嗣の過失割合は二割とするのが相当であることは前判示のとおりであるから、前記6の一審原告ら各自の損害から二割を控除すると、以下のとおりになる。

(一) 一審原告清隆 三二三八万一四〇六円

(二) 一審原告慶子 三一一六万〇八〇六円

(三) 一審原告文湖 一六〇万円

(四) 一審原告会社 二二六万〇七三三円

8  損害のてん補

甲二三及び弁論の全趣旨によれば、一審原告清隆及び一審原告慶子は、平成八年五月二七日、本件事故による損害のてん補として、自賠責保険金三〇〇〇万三三〇〇円(一人につき一五〇〇万一六五〇円)を受領したことが認められる。不法行為に基づく損害賠償債務は、損害の発生と同時に、何らの催告を要することなく遅滞に陥るものであって、後に自賠法に基づく保険金の支払によって元本債務に相当する損害がてん補されたとしても、右てん補された損害金の支払債務に対する損害発生日である事故の日から右支払日までの遅延損害金は既に発生しているのであるから、右の自賠責保険金各一五〇〇万一六五〇円のうち、右の遅延損害金に充当した残額により、一審原告清隆及び一審原告慶子の損害がてん補されると解すべきである。したがって、右各一五〇〇万一六五〇円に対する平成七年九月一五日から平成八年五月二七日まで年五分の割合による遅延損害金は、五二万四六四七円であるから、これを控除した一四四七万七〇〇三円により、一審原告清隆及び一審原告慶子の損害がそれぞれてん補されることになる。そうすると、一審原告清隆及び一審原告慶子の損害は、以下のとおりになる。

(一) 一審原告清隆 一七九〇万四四〇三円

(二) 一審原告慶子 一六六八万三八〇三円

9  弁護士費用

本件訴訟の難易度、認容額、審理の経過等の事情に照らすと、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は、一審原告清隆につき一八〇万円、一審原告慶子につき一六〇万円、一審原告文湖につき一六万円、一審原告会社につき二二万円と認めるのが相当である。

10  損害額合計

(一) 一審原告清隆 一九七〇万四四〇三円

(二) 一審原告慶子 一八二八万三八〇三円

(三) 一審原告文湖 一七六万円

(四) 一審原告会社 二四八万〇七三三円

第四結論

以上のとおりであるから、一審被告らに対する一審原告らの請求は、いずれも連帯して、一審原告清隆につき一九七〇万四四〇三円、一審原告慶子につき一八二八万三八〇三円、一審原告文湖につき一七六万円、一審原告会社につき二四八万〇七三三円及びこれらに対する本件事故発生日である平成七年九月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。よって、一審原告清隆及び一審原告慶子の控訴は一部理由があるから、一部結論を異にする原判決を右のように変更し、その余の一審原告らについて同旨の原判決は相当であるから、同一審原告らの控訴及び一審被告らの控訴をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条、六四条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 小林正 裁判官 萩原秀紀)

決定

控訴人兼被控訴人(一審原告) 三苫清隆

同 三苫慶子

同 三苫文湖

同 有限会社清渓

右代表者取締役 三苫慶子

右四名訴訟代理人弁護士 大野裕 控訴人兼被控訴人(一審被告) 武石喜代二

同 株式会社丸石左官工業

右代表者代表取締役 石上要治郎

右両名訴訟代理人弁護士 鈴木諭

右当事者間の平成一二年(ネ)第三九一四号損害賠償請求控訴事件につき、平成一二年一一月八日に当裁判所が言い渡した判決について、職権により、次のとおり補充の決定をする。

主文

右判決の「主文」に「四 この判決は、主文一の1、2に限り、仮に執行することができる。」を、同「事実及び理由」の九七頁三行目の「六五条」の次に「、二五九条一項」をそれぞれ加える。

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